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肉体を持って生きていれば

いつか必ず、その肉体を解かれる時が来る。


肉体がなくなったとしても、意識は消えないものと確信している。


夢中になっている時や集中している時は、肉体を感じない。

そんな時は、体のことは頭から消えているものだ。

肉体を超えたところ・・・

意識だけの世界と繋がっている・・・と感じる。


冬の星座。。。。。

何億光年も前に放たれた光が、今、私の目の前に届いている。

その光の元の星が、今、この瞬間に存在しているかは分からない。

すでに星の実体はなく、光だけが見る者の元に届いているのかもしれない。

言い方を変えると、今、届いている光のほうが

見る者にとって、実体だと言えるのかもしれない。


肉体がなくなったとしても、意識は存在し続ける。。。

 
自分は、心そのものであり、意識そのものだと感じている。

それは、人間の肉体が本体なのではなく

心の世界が、元にあることを意味している。。。


体が解かれたとしても、心の中にすべてがある。

・・・・・心がすべてである・・・・・


果てしなく無限に広がる際限のない心の世界を

生かし続けてくれている存在がある。


すべての体を解き、すべての心を結んでくれている存在がある。

すべての体を結び直し、すべての心を解き直し

幾千年もの間、ただただ下で支え続け

ひたすら見守り続けてきてくれた、大いなる存在がある。


この存在を、素直に認めるか認められないかが

これから先の、大きな分かれ道となっていく。。。。。



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瞳を閉じて・・・・・

お腹の底から息をふぅ~と吐いて、頭を空っぽにしてみる。


(空にするのは、なかなか難しいけれど)

自分が今、意識の状態にいることを感じてみる。

意識の中にいるから、肉体は関係ない。。。


。。。男でも女でもない。。。自分。

。。。大人でも子供でもない。。。自分。

そして。。。姿も形も何もない。。。自分。


そこに在るのは・・・・

そこに感じるのは・・・

自分以外のものが絶対に入り込めない、自分だけの世界。


自分の意識は、自分の心の状態であり

自分の心の状態は、自分を現すすべてであり

自分を現す想いの世界は、なにものにも侵されることはない。


自分が心の中で創造した世界を

自分以外のものが、壊せるはずはない。

そこに在るのは、なんの制限もない自由な世界そのもの。


制限がない心の世界が、元にある。。。

心の世界には、物理的なものは存在しない。

心の世界では、自分に嘘がつけない。


目の前に見える、形あるものを得るために

行き過ぎた規制ばかりの世になった。

目の前に広がる、形あるものを得るために

自分に嘘をつきながら、自分で自由を封印した。


瞳を閉じれば・・・・・

そこには、自由な世界が見える。。。

なんの制限も、規制もない世界が、確かに存在している。


自分にとって、どちらが本当の世界なんだろう。

形あるものは、いつか壊れる時がくる。。。

壊れないものこそ、本物だとは言えないだろうか。




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宇宙飛行士の若田さんが

国際宇宙ステーションへの、3度目の出発に向けて

「地球はかけがえのない故郷」と、言っていた。


宇宙から見た地球・・・・・


生まれ育った土地から離れると

なぜか、郷愁の念が湧いてくる。

それは、国内にいても、海外に出ても、宇宙に旅立っても

同じことで、根底に流れるその想いは、変わらないような気がする。


国内で、「出身地」を懐かしむ気持ちが

海外では、自分の「国」に対する厚き想いになり

宇宙からは、我が「地球」へのかけがえのない深い想いになる。


想いは、繋がっている・・・・・

どんなに小さな想いであっても、その想いはすべて繋がっている。


暗黒の、深い闇に覆われた宇宙から

ひときわ青く輝く、美しい星を目にすれば

そこには、境など、どこを探しても見当たらないのだ。


もともとない国境を、だれかが作り上げたにすぎない。

人の手によって、作り上げられた狭い囲いの中の

どこかしらで、毎日のように戦いが繰り広げられている。。。


それは、今、形になっていなくても

一人一人が心の中で、「戦いの心」を持っていれば

いつか必ず、目の前に形になって現れる時が来る。。。


自分の瞳に映る、すべてのものが繋がっている。

自分が、どこに存在しようと

なにひとつ、その繋がりを切ることは出来ないのだ。


すべてが繋がっていれば、すべては「ひとつ」になる。


すべてが「ひとつ」であるならば

そこに、戦うことの意味を見出すことは出来ない。


宇宙の果てに立ったとしても、その繋がりは切れない。


宇宙から見た地球・・・・・


それは、まぎれもなく

人類にとって、「かけがえのない故郷」となるのだ。




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自分にとって・・・


どんなに、信頼できる人であっても

どれだけ、想っている人であっても

どれほど、身近にいる人であっても


その人の「心の領域」まで、踏み込むことは出来ない。


その人の「すべて」を、知ることは出来ない。。。


自分にとって・・・の

唯一の繋がりは、自分の内なる「心」と繋がることだけである。


いつ、どこで、どんな時でも

「自分」と「自分の心」を切り離すことは出来ない。


今、この状態で「心」が消えてしまったら

私は、「人型の抜け殻」になり、自分を表現出来なくなる。


自分の想いを、形に現すことが出来るのは

形にすることを、許してくれている「存在」がある、ということだ。

形になることを、支えてくれている「存在」がある、ということだ。


・・・・・と、言うことは

(「目」で見て、確認することは出来ないが)

その「存在」と、自分の内なる「心」は、繋がっていることになる。


もしくは、その「存在」と、自分の内なる「心」は

「=」 の形で、結ばれているのかもしれない。


自分の想いを、ある形に現して、ひとに伝えるには

その想いを、形に現すための手段として、肉体が必要になる。


肉体は、ひとそれぞれの「心」を、表現するために

それぞれに見合った形の「人型」を、与えられている。


中身がなければ、鋳型は作れない。

内なる「心」がなければ、「身体」は成り立たない。

「心」があっての、「身体」になる。


「心」が、自分のすべての主導権を握っている。

「心」に浮かんだことが、「身体」を動かす原動力となり

「行動」へと結ばれ、ひとつの形になる。


「心」で想ったことと、「行動」は、同じものでなければならない。

「心」に浮かんだことを、そのまま「行動」に移すことである。


ひとの「心の領域」に、踏み込めないことがわかっているなら

ひとに、どう思われるかは関係ない。

ひとにより、それぞれ「常識」の捉え方も考え方も、実に様々で

時や所により、「常識」が変わったりもする。

そんな「常識」やひとの目に惑わされず、自分を信じることである。


自分にとって・・・


自分の「心」の主導権を、握ることが出来るのは

自分以外には、いない。。。


自分だけが、自分の「神」となる。。。。。




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「真実」は、目の前にある。。。


「真実」は、いつだって目の前にある。

自分の瞳に映るすべてが、「真実」そのものとなる。


「真実」が、自分の目の前にあったとしても

曇ったままの瞳では、「真実」が『真実』に映らない。


「真実」には「うそ」がないから

「真実」が『真実』に映らないなら、その『真実』は「うそ」になる。


曇ったままの瞳で、いくら「真実」を見ようとしても

瞳が曇っていれば、曇っている分だけ

「真実」と、かけ離れたものになってしまう。


「肉体の目」で、形だけ判断しても「真実」は何も見えてこない。

見えてこないどころか、形だけでいくら「真偽」を

見極め様としても、何の意味もない。。。


「真偽」を見極める・・・・・とは


「誠」と「偽り」を、見極めることであり

見極める状況に、「誠」と「偽り」の

両局面の「2つの見方がある」ことを、示している。


ひとつの状況が、「誠」にも「偽り」にも、見えるなら

目の前で起きている状況そのものには

特定の意味はない、ということになる。


「肉体の目」で、形だけを見て

「頭」で、判断しても (ひとつのものを2つに分ける見方)

本当の事は、なにひとつわからないのだ。


「真実」の目でなければ

「真実」を「真実」と、悟ることは出来ない。


曇りに曇って、今、目の前でなにが起きているのかさえ

見えなくなってしまっている。


「真実」を見通すことの出来る目を、取り戻さない限り

たとえ「真実」が目の前にあっても、誰も気づくことは出来ない。


このままでは、永遠に「真実」は隠れたままとなってしまうのだ。




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「幸せとは・・・?」

と、問われたら


一生涯、お金に困らないこと。

病気にならないこと。

事故や犯罪に巻き込まれないこと。

自分にとって、大切な人たちが幸せであること。

悩みや問題がないこと。・・・etc


何年か前だったら、そんな風に答えていただろうと思う。


そこで、もう一度考えてみる。

それらの幸せを、すべて手に入れる事が出来たとして

果たして、本当に心から幸せになれるのだろうかと・・・。


今、幸せであっても、いつか必ず別れが訪れる。

「なぜ、悲しみがあるのか・・・」

「なぜ、この幸せが永遠に続かないのか・・・」 etc

そして、行き着く先は

「命あるものは、なぜ、死ぬのか・・・」


時間だけは、神でさえ止めることは出来ない。

物や形だけで、決して心の平安は得られない。


人はいつの時代にも、 『不老不死』 を追い求めてきた。

「永遠の天国」や「ミロク世界」、「桃源郷」、「シャンバラ」

「ユートピア」などと言われている。


その場限りの、やがて消え行く儚い世で

永遠の幸せをつかむことなど、叶うはずがない。


「天国」が永遠であるのに対し、限りある今の世は「地国」。

それは「天国」と「地獄」ほどの違いがあり

「無限」と「有限」という、真逆に位置している世界となる。


この世が、「有限」の世界であるなら

「無限」の世界も、存在している。

想いの世界は際限がなく、どこまでも無限に広がっていく。

このまま、時空が狭まっていけば

「思い」がすぐに、「形」となって現れることになる。

その自分の思いに、「戦い」がなければ

そこが、自分の「天国」になる。


「天国」は、別次元にあるのかもしれないし

もしかしたら、自分の心の中にあるのかもしれない。


いづれにせよ、自分にとって理想の世界である

「天国」は存在する、と信じているものしか

その世界を、体験することは出来ない。


「永遠の天国」に生き返るために

私たちは、幾千年もの間

本物の「幸せ」や「真実」がどこにあるかを問いながら

同じ道を、歩き続けているのだ。。。。



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今の生き方を変えずに、そのまま続けたとして

この先に起きるであろう出来事を

自分に関わることとして、真剣に考えたことはあるだろうか。


ほんの数年前まで、家の近くに何箇所か空き地があった。

そこは、雑草がのび放題で

コオロギやバッタなど、小さな虫たちの姿が数多くあった。

道路も整備されず、足に優しいやわらかな土の道もあった。


さらに時間を遡れば

真夏の空は、貫けるような真っ青な青色だった。

今の空は色がない。。。

昔は小さな川もたくさんあったし、池や沼地もあった。

木登りが出来る緑濃い木々も、至る所にあった。


今、改めて自分の周りを見渡してみると

何年か前まで、身近にあったものが

今や何ひとつ、残されていないことに気づく。


私たちは、自然を破壊することと引き換えに

快適・便利な今の生活を手に入れた。


私たちは、もともと無償である資源を

都合よくエネルギーや物に変えて、勝手に売買した。


その結果、環境問題や温暖化を含めた気象異変など

到底、すぐには解決不可能な様々な問題を生み出してしまった。


私たちは、果てしない欲望に駆られ

どこまでも行き着くところまで、快適・便利を追い続ける。

その裏で、無償であるはずの資源の奪い合いが続き

今や「神」となっている「お金」を征することで世界征服を企んでいる。


このまま突き進んでいったら、どんな世になるのだろう。


自分が死ぬまでは、どうにか何事もなく

過ぎていくだろうと、心のどこかで思っていないだろうか。

死んでお経を唱えれば、大方の人は

「天国」に行けるものと、本気で思っていないだろうか。


残念ながら、それは思い込みに他ならない。。。


今までの思い込みや常識を、すべて捨てることである。

そして、今の生き方を

「天国の生き方」に変えなければ

『天国』に行くことは、永遠に叶わない夢となるのだ。



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