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自分の心の奥に存在している「天使」と「悪魔」。

誰の心の中にも、「天使」と「悪魔」の両方が存在している。


目の前に起きている状況を、何の判断も入れずに

「真実」だけを、子供のようにそのまま受け入れることは難しい。


自分が築き上げてきた常識や、自分が持ち合わせている基準が

「真実」を「真実」のまま、受け入れる邪魔をする。


そのため、心から自然に湧いてきた素直な思いや直感は

直ちに打ち消され、強制的に自分の持つ常識内にとどめられる事となる。


目の前の状況は、必然に、自分が感知し得る範囲の

自分の目を通して見た、限定付きの現実へとすり替わってしまう。


そして、最終的に自分の中に存在している

「天使」と「悪魔」のどちらかの一方が、頭をもたげることになる。


自分の心の中が

100%「天使」なら人を裁くことはなく

自分の心の中に

0.000・・・・・・・・・1%でも、「悪魔」の棲家があるならば

人を責める資格はない。


自分の心の奥に内在している「天使」と「悪魔」。

そのどちらも自分であり、自分が作り出している幻想である。


もともと、目の前の状況そのものに意味はない。

生まれたての赤子の目で、すべてを見てみればいい。


そこに、「天使」も「悪魔」も存在することはなく

瞳に映るものすべての波動を、全身で感じているだけである。


そこにあるのは、「なにもないこと」であり

自分の中にある「天使」の一面も、「悪魔」の一面も

もともとは、存在しないものであり

この世を生き抜くため、知らず知らず自らの手で作り上げた

壮大な処世術であったことを、思い出さなければならない。




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天地創世以来、ずっとやり続けてきたこと。。。


「・・・これは、私のもの!!」 ゲーム

「あなたが、悪い ・・・!!」 ゲーム  (私は正しい=あなたのせい)


そして有史以来、何千年もかけて、同じゲームが繰り返されている。

その「思考」の中で造られた世界が、今、目の前に広がる世界である。

単純に考えて、「これは俺のもの」「お前が悪い」ゲームの中で

造られた現実世界に、「天国」など、存在するはずはない。


有限のものを奪い合い、お互いにとって都合の悪いことを

人のせいにし続ければ、「天国」どころか、行き着く先は、「地獄」である。

このゲームを一日も早く終わらせなければ、全員が「地獄」へ直行である。

さもなければ、気が付くまで、永遠にこのゲームは続くことになる。


○「これは、私のもの」ゲーム

この世のはじめは、小さなやわらかな体ひとつで誕生した。

自分の持ち物は、もちろん、何もない。

そして今、最先端の技術をもってしても、資源のひとつも造れはしない。

自分で、なにも作り出すことが出来ないならば

この世に「自分のもの」と言えるものは、ひとつも存在しないはすである。


○「私は、悪くない」ゲーム

大方の人は、「自分は正しい」と思って生きている。

その裏に潜んでいるのは、「あなたが悪い」という思いであり

自分の中に存在する、ある正しさの基準を外れた場合は

わが身を守るため、自動的に相手が悪者に仕立て上げられる。

自分を守護するためなら、いつでも、微笑が攻撃に切り替わってしまう。


そして、多くの人は、善人でありたいと願っている。

その裏に潜んでいるのは、「人に悪く思われたくない」という思いである。


でも、ここで忘れてならないのは

「これは、私のもの」 ゲーム ・ 「私は、悪くない」 ゲームの

スタートこそが、まさに現代のピラミッド社会の起点となってしまったことだ。


これは、今も続いている永い永いゲームの途中であり

「真実」に気付いた、本人の意思次第で

いつでも、ぬけることが可能なゲームでもある、ということだ。


「大調和」こそが、すべてであった、もとの世界には

影の存在さえ、許されなかったゲームである。

この瞬間も、ゲームであるから、善人になる必要もなく

人に悪く思われるかどうかの心配も、無用の産物となる。


現代社会そのものが

大きなゲームの中の、ひとつのカラクリであったことを、素直に認め

「真実」に目覚めたものから、ゲームを中断していく・・・・・


その、ひとりひとりの行為こそが、何千年も続いてきた

力のないものが、力のあるものを支えている

(△)ピラミッド世界の構造を、崩すきっかけを作ることになるのだ。


誠の「真実」は

力のあるものが、力のないものを一点で支える

(▽)逆ピラミッド構造である。


このゲームを止めるか、止めないか・・・

もとの世界に、戻るか、戻らないか・・・


ここからは、ひとりひとりの心のままの選択となり

自分が「天国」に行くのか、行かないのか、究極の分かれ道になる。




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裁く心。 まがいもの。 常識。 所有権。 怒り。 マイナス思考。 秘密。

過去と未来。 心配。 境界線。 分裂思考。 戦いの心。 罪悪感。 判断。

責める心。 保身。 仲間意識。 平均。 悲しみ。 噂。 予言。 支配。

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悩み。 罰則。 破壊。 葛藤。 憶測。 仮定。 依存。 反感。 羞恥心。



思いつくまま、「いらないもの」を、並べてみた。

挙げていけばきりがないが、こうして改めて書き綴ってみると

「いらないもの」に四方八方取り囲まれ、その重圧に押し潰されそうだ。


形としては、とても確認しづらく、日々の生活に重点を置き過ぎると

全く目に入らないか、気付いたとしても、楽な道に流されることが多い。


どうして、「いらないもの」がこんなにも存在するのか?

もし、これらの「いらないもの」が、この世に存在しなかったら

どんなに、軽やかに生きていけただろう・・・と思う。


「いらないもの」を語るには、どうしても自分を外すことは出来ない。

なぜなら、知らずとは言え「苦労」や「損失」から逃れたいという

我身可愛いさの「保身」と「甘え」が、招いた結果であるからだ。


もともとない世界を、自らの「保身」のために

わざわざ造り出してしまった、その責任は大きい。

自らが産み出し造り出したその世界は、あまりにも巨大化し

その影響を受けずに生きていくことは、叶わぬ世になってしまった。


自覚があるないに係わらず、自らが造り上げた「いらないもの」に

日々振り回されがんじがらめとなり、身動きすら難しくなっている。

自業自得とは言え、自分で自分の首を絞めているようなものだ。


もとの自分が、誰であるかをすっかり見失い

欲に絡んだ成れの果ての姿が、紛れもなく今の世の現状である。


「いらないもの」が、多すぎる・・・。

必要ないものを背負い過ぎれば、当然、肩も凝るし疲労も増してくる。

そのうち、動きもさらに鈍くなり、思う様にならないことが増え

不平不満が充満し、いつ爆発してもおかしくないことになる。


「いらないもの・・・・・・」


子供の頃は、ひとつも持ち合わていなかった代物である。

子供の世界には、分裂思考がない。

素直な想いをそのまま出すことが、子供心のすべてであり

その心には、「損得」も「善悪」も「裁く心」も、存在し得ない。


そこにあるのは、心の中、そのものの世界であり

心のありのままの世界が、そのまま現界に現されているに過ぎない。

心と表現が表裏一体であり、同時進行の世界の中で生きているのだ。

子供の世界では、「いらないもの」は、存在していない。。。


今も直、自分の中に密かに生き続けている子供心を見つけ出し

社会に染まり、知らずに身につけてしまった「いらないもの」を

不要なものであったと、心から素直に認め

気付いたところから手放していくことで、「いらないもの」が去って行く。

自分で産み出したものは、自分で処理していくしかないのだ。


心そのものの世界が、穏やかなものでなければ

自分の居場所は、どこにも見つけられないことになる・・・・。

「いらないもの」が、自分の中に存在する限り

心と想いがひとつである天国に、帰ることは叶わないのである。


 

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闇の中は暗くて、なにも見えない・・・。

そう思いがちだが、本当のところは、「なにも見えない・・・」のではなく

ただ単に、闇を見ないように避けてきただけのことだ。


自分に都合の悪いことは、すべて闇に葬ってきた。

厳密に言えば・・・自動操縦のように無意識に排除してきた。

あたかも、何かの存在から自分を守るかのように・・・

まるでそれが、当然の生き方であるかのように・・・

自分が損をしないように、闇に葬り去ってきた。


そして、一度、自分のもとから離れた不都合の闇は

二度と、再び、目の前に、現れないものと思っていた。

だからこそ、目に届かない視界の外に、排除し続けてきたのだ。


・・・・・が、自分の眼を大きく開いて

思い切って後ろを振り返って見れば、遠くに葬り捨て去ったつもりの

闇の集団が、実は今も存在し、健在であったことに気付かされるのだ。


それは、決して、消えることなく

いつまでも、どこまでも、永遠に付きまとっていたことになる。。。

自分が、産みの親である以上

その繋がりは、そう簡単に消せるものではなく

やがては、自分の手を離れはするが、切れることなく

所有者が変わっただけで、闇の世界で連綿と存在し続けていたのだ。


自分の産んだ闇が

どんなにどんなに小さなミクロな闇であったとしても

地球上の、同じ闇の波動が集結すれば

やがては巨大化し、暗黒の闇の勢力に君臨することになるのだ。


だが、もとを正せば

都合の悪い方を排除し、都合のいい方のみを選んで、楽してきた

自分の心根が、闇の世界に、さらなるエネルギーを与えていたに過ぎず

自分流の善悪が、闇の勢力に見事に反映されていただけのことだ。


どんなに汚泥混濁の、真っ暗闇の世の中になったとしても、

今ここで、文句を言える者は、誰ひとりいない・・・。


自分が闇の世界の産みの親であり、加担者であった事を

今こそ、素直に認めなければならない。


自らが産み落とした闇を、ひとつずつ暗黒の闇から取り出して

自分の想いが作り上げた作品であったことを、認めるしか術はない。


後悔も、反省も、裁きも、なにもいらない。。。。

ただ認めるという、素直な思いだけが必要である。


そしてこれからは、都合の悪いことも含め、来たものすべてを

心の底から受け入れていくと言う、新たな覚悟が必要となる。


そんなに難しいことではない・・・

否定的なものが来ても、それを肯定的に受け止めればいい。。。

否定の中に隠されている、「肯定の宝」を見つけることだ。


今まで、避けてきた不都合の中に、最大の宝が眠っている。

ここに気づくことが、ターニングポイントとなる。

この人生最大の宝探しを続けていく事が、何よりの命綱となり

先に行くほど、気持ちが軽くなり、物事もスムーズに流れていく。


肯定のエネルギーが、この地球上に蔓延すれば

戦わずとも、おのずと、闇(不都合・否定・悪・影)の勢力は、消えていく。


ひとりひとりの「肯定の宝探し」が、汚泥混濁の底なしの闇から

もとの光の世界へ戻すための、最大の切り札となるのだ。


否定の大海で見つけた、ほんの小さなミクロな肯定であったとしても

地球上の、同じ光の波動が集結すれば

やがてそれはひとつの大きな光となり、光り輝く大海を望む事が出来るのだ。




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