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人はいつでも、自分中心に生きている。


目の前に起こる状況を、自分の基準で判断しながら

都合のいい解釈を、勝手に当て嵌めている。


あるひとつの状況に対し

絶対的基準がない限り、絶対的解釈はないことになる。


したがって、自分とまったく同じ概念を持つものは

自分のコピーがいない限り、存在することはない。


今、地球上に、67億もの個性が輝いている。

ひとりとして、自分と同じ個性を持つものは存在しない。

ここに生かされていることの、とても大きな意味がある。


しかし、現在のピラミッド社会では、個性をまるで無視したやり方で

ピラミッドの頂点以外を一括りにし、無理やり上から重石をのせられ

底辺にいく程、労働を負うよう仕組まれている。


すべての人が、個々であること・・・

  (国籍や家族や男女や年齢に関係なく)

自由を求めるなら、自分以外も自由でなければならないこと・・・

  (自分が自由を望むなら、人を強制することはできない)

与えたものだけが、戻ってくること・・・

  (すべてがバランスで成り立っている)


世界中の人たちが、この真実に目を留め

自分以外のすべてを、勇気を持って認め合えば

この乱れた現世を、平和で安泰な世界に、変えていくことができる。


与えたものが、寸分の狂いなく、本人に自動的に戻る。

これが事実であるなら、すべてを個人に任せるしかなく

どんな状況であれ、本人の思いを、そのまま活かすしかない。


向かい合った相手を、善も悪もなく、ただ認めるだけある。

そこに「戦い」や「争い」の心は、生まれない・・・。


67億それぞれの人が、自分中心で生きている。

自分が自分である限り、自分中心にしか生きられないはずである。

他人の人生を丸ごと肩代わりすることなど、できる訳がない。


ならば、他人の人生の口出しは無用となる。

個々だからこそ、生きている意味がある。

皆が同じ生き方をしていたら、そこに存在理由を見つけることはできなくなる。


人それぞれが、それぞれの道を歩む過程で

自分が与えたものだけが、自分が受け取る唯一のものという体験を

何度も繰り返しながら、バランスを立て直していくのが

もっとも自然な姿であり、自然から、混乱が生じることはない。


欲に憑かれた人間の手で、操作されたピラミッド社会は

いつかバランスを崩して、倒壊することになる。






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人が10名集まれば

そこには、10の世界観があり、10通りの考え方が存在する。


どれが正しくて、どれが正しくないかを、決めることは出来ない。

自分にとって、それぞれが、正しい思いであるからだ。


そこに、間違った意見や考えというものは存在しない。

従って、人の意見を否定しても、まったく意味がないことになる。


だれにとっても、それぞれの自分だけの特別な世界が存在する。

そこに、他人が踏み込む余地はなく

自分にとって完璧な状態で、自分の世界を形成しているにすぎない。


そこから見渡す世界もまた、自分教で解釈した自分流の世界となる。


だれにとっても、それぞれが正しい理論であり

それぞれの世界を、ただそこで、生き続けているだけである。





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6月10日付け 職場の日誌、出来事欄に「時の記念日」と書かれていた。

水時計を見て時を知らせた・・・と「日本書紀」に

記されていたことに因んで、決められたそうだ。


水時計が、どんなものかわからないが

今の時代に比べたら、なんともゆったりとした時間が流れていたに違いない。


今も昔も、浮き沈みのある水の世であることに変わりはないが

年々時が過ぎ行くのが本当に早くなり、浮き沈みの頻度も激しくなってきた。


生活が便利になり、日常で手間の掛かることは殆んどなくなった。

時間を掛けずに、物事がスムーズに流れてはいくが

なぜか生活そのものに、ゆとりがなくなってきた様な気がする。


一昔より、就寝時間も遅くなり

一日の行動時間が長くなっているはずなのに

一向に、ゆったりとした優雅な時間を過ごせない。


逆に、時間が小刻みになってきた様に感じる。

もっと言えば、人間が時間に支配されてしまっていると

言った方が、解りやすいかもしれない。


忙しい日々が続いて、気が滅入ってしまったら

それは、自分が本来の自分から遠ざかっているときである。


こんな状態が続けば、やがて心や肉体にも

苦しみや痛みが、必然伴ってくるはずである。


人が時間に拘束されると、本来の自分を見失う。。。

自分を見失えば、見失った分だけ

何ものかにコントロールされることになる。。。

コントロールされれば、そこに自由はない。。。


それでも、一生懸命

会社や家族のために、無理強いしている自分を感じたことはないだろうか。


そんな時は、今までの逆を、行動してみることだ。

本来の自分から遠ざかっていることを、素直に認め

(忙しい時間に呑まれることなく。。。自分を取り戻すべく。。。)

ここは意識的に自分を中心に引き戻して

その瞬間を、自分の意思で、動いてみることだ。


人に動かされる事なく、自分を信じて、自分の意思で動けば

不思議とどこからか力が湧いて、元気になってくるものだ。


目の前に広がる時間と空間(状況)は、自分が作り出しているものであり

この時間と空間(状況)を変えられるのは、唯一自分しかいない。


「今」の状況が変われば

過ぎ行く過去も、これから向かいつつある未来も

瞬時に、変えることが可能となるのだ。




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「命」は完璧なものであり、この世にたったひとつしか存在しない。

完璧は喜びの周波数であるから、「今」この瞬間を輝かせることが出来る。

私の「命」を輝かせることが出来るのは、ただひとり、私しかいない。


「命」は完璧なものであるから

この世に「命」を授かったときから、必要なものはすべて用意されている。

心のまま動けば、後から必要なものは準備されるのに、簡単に動けない。

用意されているのに、自分が動かないだけ・・・。


「命」は完璧であるにもかかわらず

人は「命」の完璧さを、完全に忘れ去ってしまっている。

本当は出来ないことは何もないのに、なかなかチャレンジしない。

人にやって貰っては、不平不満ばかり・・・。


「命」はいつでも完璧であるから

自分を信じていれば依存度 0%で、本当は生きていけるはずである。

でも、人は楽することや甘えに弱いから、自分から目覚めようとしない。

いい気になって、人に頼り続けるだけ・・・。


このまま依存度100%で突き進むならば

末は全員共倒れとなり、身を持って「命」の重さを知ることとなる。


「命」を賭けても、「命」を守っても、「命」を捨てても、「命」を拾っても

その結果は、皆、同じである。

「命」に対する生き方の問題であり、「命」そのものは何も変わらない。

「命」は今も、完璧な状態にあるのに

喜びに生ききっていない自分がいる。


「命」が完璧であることを認めて、喜びをもって生き続けること。

世界にたったひとつしかない「命」を輝かすことが出来るのは

この世にただひとり、自分しかいない。。。




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